T. H. グリーン

◆トマス・ヒル・グリーン(Thomas Hill Green) 1836-82

[伝記]
・イギリス新理想主義学派の代表的な哲学者。イギリス、ヨークシャー生まれ、オクスフォードのベリオル・コレッジ出身の政治哲学者。オクスフォードのプラトン学者ベンジャミン・ジョウェットJowett(1817-93)を通じてドイツ理想主義哲学の影響を受け、のちに同大学道徳哲学教授となる。
(『哲学事典』下中邦彦編、平凡社、1971年、379-80頁、『哲学事典』下中彌三郎編、平凡社、1954年、321-2頁参照。)

・1836年4月7日、ヨークシャー州のウェストライディング地方のバーキンに生まれる。父、ヴァレンティン・グリーン(Valentine Green, 1800-73)は、アン・バーバラ(Ann Barbara, 1804-37)と1830年12月に結婚、1835年から73年までバーキンの教会の牧師として働く。グリーンは、幼少時代、乳母のカーによって育てられ、父から基礎的な教育を受けた。この乳母は、名門のパブリック・スクールの一つとして知られるラグビー校へ行くまで13年間、子供の世話をした。グリーンは、少年時代、もの静かで控えめな性質の子供であった。性格的にも体力的にも、才能面でも、目立たない少年だった。しかし、1850年にラグビー校に入学し、52年に第6級に進んだ頃、ラグビー校に入学してきたシジウィック(H. Sidgwick, 1838-1900)は、グリーンが既に形而上学的見解をもっていることに驚いたといっている。
(行安茂、藤原保信編、『T. H. グリーン研究』、御茶の水書房、1982年、3-4頁参照。)

[概要]
・19世紀後半から20世紀初頭にかけての英米では、カントやヘーゲルの影響が大陸から一足遅れて波及し、「絶対的観念論」とか「イギリス理想主義」と呼ばれる思想潮流が支配的な影響力を誇っていた。前期にはT. H. グリーン(1836-1882)やE. ケアード(1835-1908)が、後期にはB. ボザンケ(1848-1923)やF. H. ブラドリー、J. ロイス(1855-1916)が中心的人物として活躍している。人物や時期によって違いはあるにせよ、彼らの主な特徴は、カントやヘーゲルらのドイツ哲学を取り入れながら、イギリスの伝統的経験論や功利主義を批判的に乗り越え、一元論的・全体論的な哲学を展開する点にあった。

・T.H.グリーンは、E.ケアードとともに、イギリス理想主義の前期を代表する哲学者。1874年にヒューム『人性論』への批判的序論を発表、1882年に死後、1883年に『倫理学序説』が刊行される。F.H.ブラッドリー(1846-1924)と対比してみると、1874年は彼の最初の論文「批判的歴史の諸前提」が発表された年であり、1876年には『倫理学研究』(Ethical Studies)が刊行され、1883年には『論理学の原理』が刊行されている(その10年後の1893年には『現象と実在』が、1914年には『真理と実在』が刊行されている)。

・行安によれば、ブラッドリーの『倫理学研究』の思想はヘーゲル的であり、特に「私の地位とその諸義務」でブラッドリーは、人間を社会的存在と考えている。「人間は家族の一員として生まれ、社会や国家の一員とし何らかの仕事をなす。その仕事とは各成員に与えられた義務であり、これは社会の諸成員を結合する機能である」(行安、2007年、275頁以下)。ブラッドリーにとっては、人間が何であるかは、孤立して考えられてはならず、家族、社会、国家の中で理解されるとともに、何をなさなければならないかも、その人の場所が何であるか、その人の機能が何であるか、つまり、有機体におけるその人の地位に由来している。では、その有機体とは何かといえば、道徳的意志の実在、あるいは「客観的意志としての全体系」である。意志は、単なる私個人の意志ではなく、客観的有機体の意志であり、「私が道徳的である」とは、私の意志を客観的有機体と同一視することである。ブラッドリーの場合、このことが、自己実現に他ならない。グリーンの場合、社会の基礎は理性であり、社会制度は理性の自己客観化である。制度への服従は、理性の自律的服従である。グリーンはブラッドリーと類似した社会観・国家観にあるが、グリーンの場合の源泉は、永遠意識であるのに対して、ブラッドリーの「意志」はそうした神的意識との関連性をもっていない。

・ケアードとブラッドリーの間には、形而上学について根本的な違いがあったのに対して、ケアードとグリーンの哲学には共通点があった。それは、両者とも「宗教の哲学」に基礎を置く理想主義であった点である(行安、2007年、278頁)。

[伝記・年表]
1836 ヨークシャー州のバーキンに生まれる。父ヴァレンティン・グリーン(Valentine Green, 1800-73)は福音主義者で、グリーンの後期哲学に影響。
1850 ラグビー校Rugby School入学(イングランドの名門パブリックスクール。ラグビー発祥の地。)
1855 Balliol学寮(オクスフォード最古の学寮の一つ)に進学。Jowettの影響下に入る。
1859 First in Greats(人文学の学位を取るための最終試験で主席だった?)
1860 college fellowship
1863 Times of India紙の編集のポストを断る。(※インドの日刊英字新聞。英字新聞としての発行数は世界最多であり、2011年時点で世界の新聞発行数4位の343万3000部が発行されている。1838年11月3日にThe Bombay Times and Journal of Commerceとして発行され1850年からは日刊紙となり、1861年に現在の名称となった。wikiより引用)
1864 St Andrew大学(スコットランド最古の大学)の哲学のポスト落選。宗教的見解が原因。
1865-6 Schools Inquiry Commissionの助手
1866- チューター Jowettと共に大学カリキュラムの刷新・近代化に従事。
1874-5 ヒューム著作集の編纂。『人間本性論』への編者序文
1878 White’s Professorship of Moral Philosophy→この講義ノートが『倫理学序説』(1883)とLectures on the Principles of Political Obligation(1886)のもとになった。多くの論文も、講義→死後出版という流れ。
1882.3.26 死去。
*Routledge Encyclopedia of Philosophy, Edward Craig(gen. ed.), pp.160-70.

[主要著作]

  • Prolegomena to ethics, Oxford, Clarendon press, 1883.
  • The witness of God and faith; two lay sermons, London, Longmans, Green, and Co., 1884.
  • Lectures on the principles of political obligation, London ; New York : Longmans, Green, 1895.
  • An estimate of the value and influence of works of fiction in modern times; edited by Fred Newton Scott, Ann Arbor, Mich, G. Wahr, 1911.

・Collected Works of T. H. Green, R. L. Nettleship and P. P. Nicholson (eds.), 5 volumes, Bristol: Thoemmes, 1997.
・Works of T. H. Green, R. L. Nettleship (ed.), 3 volumes, London: Longmans Green, 1885–8.
Prolegomena to Ethics, A. C. Bradley (ed.), Oxford: Clarendon, 1883.
・P. Harris and J. Morrow (eds.), T. H. Green: Lectures on the Principles of Political Obligation and Other Writings, Cambridge: Cambridge University Press, 1986.
・‘Appendix: A Selection of Green’s Undergraduate Essays’, in A. de Sanctis, The ‘Puritan’ Democracy of Thomas Hill Green with some unpublished writings, Exeter and Charlottesville, VA: Imprint Academic, 2005, pp. 175–196.
・Unpublished Manuscripts in British Idealism: Poltical philosophical, theoology and social thought, 2 volumes, C. Tyler (ed.), Bristol: Thoemmes Continuum, 2005, Volume 1, pp. 1–188.

[参考文献]

  • 河合栄治郎『トーマス・ヒル・グリーンの思想体系』河合栄治郎全集第1巻、第2巻、社会思想社、1968年
  • 行安茂『グリーンの倫理学』明玄書房、1968年
  • 行安茂『トマス・ヒル・グリーン研究』理想社、1974年
  • 行安茂、藤原保信編『T・H・グリーン研究』イギリス思想研究叢書、御茶の水書房、1982年
  • 萬田悦生『近代イギリスの政治思想研究――T・H・グリーンを中心にして』慶応通信、1986年
  • 行安茂『近代日本の思想家とイギリス理想主義』北樹出版、2007年
  • 行安茂編『イギリス理想主義の展開と河合栄治郎』世界思想社、2014年
  • 『哲学事典』下中邦彦編、平凡社、1971年、379-80頁。
  • 『哲学事典』下中彌三郎編、平凡社、1954年、321-2頁参照。

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